人工妊娠中絶
人工妊娠中絶とはさまざまな理由で妊娠の継続が不可能になったとき母体保護法(旧優性保護法)のもと妊娠の継続を人工的に中止する、法律的な言い回しではそうであるが、具体的には胎児を子宮外に摘出する手術である。母体保護法の条文を読んで見ると杓子定規に解釈すれば中絶手術などほとんど不可能に思えるのであるが伝統的に善意の?拡大解釈をして施行されている。母体保護法と近年名称が変化したように法律の性格が優性;望ましくない子孫を残さない、から母体の保護へと変貌している。また新生児医学の発達と共に23,24週の極小未熟児が生存することの理由で中絶可能週数が24週未満が22週未満に変更となった。昔、といっても20年くらい前までは初期中絶;妊娠10週未満、中期中絶;妊娠16週未満、後期中絶;それ以降、共に外科的に胎児を摘出していた。特に、中期以降は胎児縮小法といって手足をばらばらにする極めて原始的かつ危険な手技を用いていたため、子宮穿孔、子宮破裂、弛緩出血、肺塞栓などで母体死亡例がたくさんあった。また産科医師は外科医師に比べ救急救命の設備も技術も劣っていたため死亡率も高かった。現在はこのような手術を行なっている施設はごく少数(それでも存在する)であるが施設による母体に対する侵襲の差は依然大きいと言わざるを得ない。よく患者さんから問い合わせのお電話をいただくのだが、薬や注射だけで手術なしで中絶できる薬はないかと質問されるが、現在日本ではそんな薬はどこを探しても存在しない。現に私も某女性週刊誌にそのような薬があると書いてあり愕然としたことがある。恐らく中期-後期に最近使われるようになった陣痛誘発剤が曲解されそのような噂が流布されているのであろう。しかしフランスで経口剤で妊娠7週までの人工流産薬が最近開発されたが、日本やアメリカでは認可されていないので入手は不可能である。前置きが長くなったが中絶手術の実際について解説する。
まず中絶手術は母体保護法(旧優性保護法)指定医師のみが行なうことができる。最近はこの指定を受けるのは設備的にたいへん難しくなった。最近20年ほどはビル開業が増え指定条件である入院病床(部屋の広さ、採光面積に制限あり)、病室及び医院玄関の24時間専用出入り口、随時使用できる手術台の確保ができず、指定許可がうけられない産婦人科が大都会にたくさん存在する。もちろん指定医療機関以外での中絶の手術は違法であるし、違法ということは手術をおおっぴらにできないので(監督官庁にも税務署にも)件数がすくなく熟練していないことが多く、事故の可能性も多く事故のときにも責任をとれないケースが多い。(医療責任賠償保険は美容目的、違法な手術には支払われない)まず中絶する病院を選ぶなら母体保護法指定医師で近所の評判及びできればそこで手術をうけた”先輩”に意見感想をきいて決めるのが一番である。第一条件として初診でいってすぐ手術をするところは絶対避けるべきである。危険なことこのうえないし(理由は後述)妊娠もしていない子宮内をかきまわして手術をしたふりをする極めて悪質な医院も存在する。また中絶のみしているところは熟練しているように見えるがかえって技術的に問題が多い。分娩をたくさんしているところは技術的には問題はないのであるがお産の患者にくらべて特に看護婦や事務員に冷遇されることがある。(そうでないところももちろん多いが)結局は他人の評判及び他科たとえば内科や外科の先生に紹介してもらうのが案外正解であることが多い。医者に知り合いがいなければ保健所の保健婦さんも正当な評価をして紹介してくれるので安心である。次に手術の実際について解説する。
初期中絶;妊娠10週未満-この時期は内容物にくらべて子宮壁が厚いので穿孔破裂の可能性は少ないのであるが子宮口が堅く閉じているため事前に(できれば前日)処置が必要である、すなわち子宮口に昆布の芯(最近は化学合成物もあるが組織を軟化開大作用は天然物に勝るものはない)ラミナリア旱(Sea
Weeds)を挿入すると子宮口が軟化開大し手術が安全容易になる。(初診でいきなり手術は危険はこのため)この週数は子宮が最も堅く流産しにくいのである。そのあと色々な器械で子宮内容除去術をする。普通は匙のような器具で手探りに手術(blind
operation)するのだが小生は超音波断層装置で直視しながら真空吸引という子宮を傷つけにくい器械で手術を行なっている。吸引法だと術後の出血も少ない。
中期中絶;妊娠16週未満-この時期になると子宮壁が薄く軟らかくなり穿孔破裂の危険が多くなってくる。初期と同様に複数のラミナリア旱で子宮口を軟化開大させプロスタグランヂン膣坐薬で子宮収縮させ内容物を排泄させる。子宮収縮にはこのほかに脳下垂体後葉ホルモンであるアトニンを使用することもある。胎児娩出後も子宮内容物除去術をして充分に子宮を収縮止血させる。
後期中絶;妊娠16週以上-この時期になると分娩と同じ手技と手間がかかる。ただ違うのは自発陣痛か誘発陣痛かの違いである。陣痛がつよすぎれば子宮破裂などの危険が多くなるし第一母体の苦痛が大きくなる。陣痛が弱ければいつまでも進行しない。思い余って帝王切開で中絶するという安全だが乱暴な手技を使う医師も少数だがいるようである。マイルドな陣痛をおこすため子宮に胎児がもっと大きいと勘違いさせるゴム風船のようなもの、コルポイリンテルを使うこともある。この場合もプロスタグランヂン製剤を使用し陣痛を誘発させ、胎児を娩出させる。事前に複数のラミナリア旱で子宮口開大させておくことはもちろん必要である。娩出後も胎盤その他の付属物を排出し子宮を収縮止血しなくては危険である。
麻酔について;中期以降は陣痛をおこすのであまり麻酔を使わないのだが、中絶の大部分を占める初期中絶では子宮口及び子宮内膜を手術器具で刺激するので麻酔が絶対必要である。最も痛みを感じる部分は子宮頚部であるので事前にラミナリア旱でゆっくり子宮口を開大しておけば麻酔の量も少なくてすむはずである。麻酔の種類は腰椎麻酔、仙骨麻酔、梗膜外麻酔、静脈麻酔などがある。しかし、静脈麻酔以外は熟練した麻酔専門医師でなければ施行できないし、術後約丸1日歩行できないので入院患者にしか施行できない、などの理由でほとんどの中絶の麻酔は静脈麻酔である。昔の考え方は中絶なんて痛くて当然だから我慢しなさい、という風潮があり麻酔を深くすると呼吸停止などがおこり危険なため浅い麻酔で介添人に押さえつけさせ泣き叫ぶのをしかりながら手術をする....という方法、じつは現在でさえ約半数は不十分な麻酔で押さえつけながら手術をしている現状があります。これはなぜか?大部分の産科医師、そのほとんどは60才以上、は麻酔の勉強などしたことなく昭和20-30年代の麻酔法、チオペンタール(商品名ラボナール、イソゾール)の静脈投与をしているのである。チオペンタールは睡眠作用は強いが鎮痛作用はあまりない、いやほとんどないといってよい代物で多量に投与すると呼吸抑制がおこり非常に危険なくすりである。近ごろはオウム真理教の医師(何と小生の大学の後輩である)が自白剤としてチオペンタールを日常使用し死者までだしていたという報道が耳新しい。現代の麻酔学における静脈麻酔は少量の麻薬と神経遮断剤を使うNLA法、代用麻薬(モルヒネより強い鎮痛作用をもつ鎮痛剤)と神経遮断剤を使う方法、ケタミンを使う方法などでそれらを使えば一部の耐性のあるひと以外は全く無痛で手術を終えることができるはずであり、麻酔を勉強している医師ならば不測の事態がたとえ起ころうとも安全に処置し対処できるはずである。もし、中絶をするまえに医師に痛くないですかと尋ねて痛いのはあたりまえとかだれか付き添いが来ないといけません(術後あばれるのを押さえつけるため)という医院は旧態依然の麻酔(いや、睡眠)をしている可能性大である。